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東京女子流『4th JAPAN TOUR 2014 CONCERT*04 ~野音Again~ with 土方隆行バンド (bonsai.)』@日比谷野外大音楽堂

なにから書いたらいいのかわかんないなあ。まず前提として、わたしが東京女子流というグループのことをまったく知らずたまたま日比谷公園を通りかかって音漏れを聴いていたとしても、きっとなんだこのかっこいい音は!と立ち止まって耳を傾けてしまうような素晴らしいライヴだったんです。それ以上の語る言葉はいらないのかもしれないんだけど、それでも、あえて。まあ自分の女子流への思い入れが過大評価させるんだろうと言われればそれまでというか、冷静に判断できるはずもないのですが……。
2013年末の武道館公演は全体的に良いライヴでしたが、手放しで絶賛できるものではありませんでした。それはもちろん歌姫・小西彩乃の不調によってです。それ以前からあぁちゃんの調子が良くないというのはずっと言われていましたが、一曲目から言い訳のしようがないほど大きく声が裏返り、音を外す姿は見ているこちらまでも苦しくなりました。そしてなにより決定的だったのは本編最後のヒマワリと星屑でのパート変更です。何度も見てきたこの曲で、手が勝手にあぁちゃんにケチャしようとして、え、違う、と衝撃を受けました。しかしフリコピしようとしてもあぁちゃんが歌っているパートの振りを知らないのです。その後のアンコールでもおんなじキモチ、キラリ☆、ともにあぁちゃんのパートは中江さんになっていました。理屈ではなんとでも言うことができました。実際わたしも歌えるひとが歌えばいいんだというようなことを言った記憶があります。けれど、けれど、本当はやっぱりパート変更なんかしてほしくなかった。むしろ変えるなら一曲目から全部変えてくれればまだよかった。この日の小西パートは被せだったという、完全生歌を方針とする女子流においては屈辱的な話すらオタクの間ではまことしやかに囁かれました(もはやその真偽を知ることはできませんがわたしはこの日も全部生歌だったと思っています)。
それから3ヶ月、ダイバーシティでの4thツアー。まだまだ本調子ではないものの、あぁちゃんの歌声は小康状態といった感じで武道館よりはだいぶ落ち着いていました。しかしやはり初期3曲のパート割りが元に戻っていなかったことがすべてを物語っています。わたしはずっとモヤモヤし続けていましたが、同時にゆっくりと現実を受け入れなければならないのだろうなと少しずつ思い始めていました。つまり、あぁちゃんは女子流の歌姫(一時期ひとみのほうが歌が上手いじゃないか的な意見が強くありましたが、そのひとみ自身が過去に「女子流の歌姫はあぁちゃんである」という旨の発言をしています)であり重要かつ難度の高いパートを多く担っていたがゆえに、大事な中学生の時期に喉を酷使してしまい、結果的に思うように歌えなくなってしまった。それが昔のように回復することは奇跡に近いが、騙し騙し小康状態を保っていくことはなんとか可能である。そのためにはいくつかの曲で中江さんに代わりに歌ってもらうこともやむなし、これ以上状態が悪化するよりはそのほうがましである。だいたいこういうふうに考え始めたのです。正直もっと多くの曲で中江さんのパートが増えることも覚悟していました。しかし、だからといって新曲で極端にあぁちゃんのパートが少ないとかそういうわけでもなく、わたしは依然として混乱を抱えていました。
そして6月15日。もはやわたしは、というかたぶんわたしたちは、あぁちゃんの喉の具合についてあれこれ思い巡らすことを放棄していました。言ってしまえばあぁちゃんが全然歌えなくても、圧倒的な楽曲の良さと5人の絶妙なダンスによって女子流のライヴはそれなりに楽しめてしまうものです。だから日比谷公園に着いたときには生バンド楽しみだな〜くらいの軽い気持ちで、パート割りのこともまったく考えていませんでした。チケットをとってくれた友達が遅刻してきたので、最初わたしたちは野音の入り口の前で音漏れを聴いていました。
一曲目から聞こえてきたのはヒマワリと星屑のイントロ。うわー一曲目からこれかよー早く入りたいー、などと呻きながらも、Bメロにさしかかるころにはさすがに内心緊張していました。そして次の瞬間聞こえてきたのは、紛うことなき小西彩乃の歌声。音源よりも伸びやかで、不調になる以前よりもずっと張りのある、あのあぁちゃんの歌声が、音漏れで聴くことにより逆にはっきりと鮮明に耳に飛び込んできて、わたしは思わず動揺しこれが夢なのではないかと疑い少し涙が出そうになりました。
その後もあぁちゃんの歌声は衰えることを知りません。まさに、2011年の自分が夢見ていたような東京女子流が、そこには現出しつつありました。結局4曲目のLiarの途中でぶじ入場できたのですが、この最初5曲(ヒマワリ→頑張っていつだって→W.M.A.D→Liar→DBC)の流れも完全に必死に女子流に通っていた2011年の夏を思い出す選曲で胸が締め付けられそうでした。
そして終盤、Limited addictionのイントロが鳴った瞬間にはその場で起こっていることについていくのがやっとでした。あぁちゃんの喉に負荷がかかりすぎてちゃんと歌えないからたぶんもう今後一生やらないんだろうなとすら思っていたLimited addiction。もう二度とちゃんと生で聴くことはできないと思っていたからこそ、まったく夢にも思っていなかったこの大好きな曲の披露が本当にあぁちゃんの復活を象徴しているように感じられてとても嬉しかったのです(でも欲を言えば一曲まるまる通常のヴァージョンでやってほしかったのですが)。
本編最後で披露された約束もまた、4回あるサビの「もい〜ちど〜」というファルセットすべてがあぁちゃんのパートなのですが、4回とも美しい高音を夜空に響かせてくれて本当に感無量でした。もうこのときにはハラハラすることもなく、むしろあぁちゃんの歌声はある種の貫禄すらまとっていました。またその歌詞自体も発表された当時からは考えられないほど現在の女子流の状況に合致しており、とても印象的でした。なぜか十字架だけ生バンドじゃなかったのだけがとても残念だったのですが……生バンドで聴きたかったなー。


あぁちゃんのことばかり書いてきましたが、もちろんほかのメンバーも着実に成長しています。もともといついかなるときでも安定感を失わないひぃちゃんのオーラには磨きがかかり、中江さんは堂々と場をまとめられるようになり、めいてぃんは顕著に歌が上手くなり、やまべは女優としての経験を経て見違えるように曲中の表情が良くなり、リーダーの職を離れたからか自由に伸びやかにはしゃぎ回るようになりました。それらは既に4thツアーの段階で見え始めていたことでしたが、そこにあぁちゃんの歌声が戻ってくることによって足りなかったピースがやっと嵌まったように感じました。
東京女子流というグループに対していつの頃からか、「武道館でやって目標を失った」「過大評価されすぎ」「停滞してしまった」「初期の頃だけだった」「所詮新井ひとみだけ」などというような評価を目にすることが増えていたような気がするのは、決してわたしの被害妄想だけではないと思います。わたし自身は女子流のことを頭打ちだと思ったことは一度もないけれど、とくに2013年に関しては迷走ともとれる楽曲の方向性だったり、3rdツアーでの相次ぐ不調だったり、確かにそう言われても言い返せない時期はあったかもしれません(それでも一部にある「『約束』が駄作」みたいな風潮はまったく解せませんが)。しかし、この野音でのライヴは一発でそういう外野のなにか言いたがりを吹っ飛ばす力がありました。この日の女子流のパフォーマンスを見ても「いまいち」「たいしたことない」と言うのならば、もうそのひととは一生わかりあえないと思うしわかりあいたくもない。
とにかくこれからまた晴れやかな気持ちで東京女子流そして小西彩乃さんを見守っていけることが心の底から嬉しいです。本当に奇跡ってあるのだなあと思いながら、いまは早く次の女子流が見たいのです。